あきる野市長選挙から、若者が思うこと。

秋川渓谷が好きだ。
東京の山と言えば奥多摩が真っ先に挙がるけれど、五日市線から眺める風景の美しさには目を細めずにいられない。

村木英幸さんが当選して、よかった。
蓋を開けたら88票差の激戦、投票率41%という低さに、過疎の進む地域の一票の重さを感じる。小中学校体育館へのエアコン設置、市長の高級車廃止など、至極まっとうなことを言っている人が市長になることで、観光資源も生かされていくことを祈っている。

自分を「若者」と名乗るのには、そろそろ抵抗を感じる年齢だけれど、今日、旧秋川高校付近を歩いていたら、「なあ兄ちゃん」と見知らぬお爺さんに声をかけられた。
「ここ、綺麗だよなぁ」と。
視線を上げると、メタセコイアの並木が風にそよいでいた。
「そうですね。綺麗だと思います」と言葉を返した。
「だよなぁ、綺麗だよなぁ。ありがとうなぁ」お爺さんは深々と頷いて、去って行った。
「こちらこそ、ありがとうございます、」背中に声をかけた。
通りすがりの、30秒ほどの出来事だ。

興味を持って調べたところ、旧秋川高校は、イギリスの全寮制名門校イーストンカレッジをモデルに、帰国男子生徒、伊豆半島出身者、また海外や他府県の家庭の子弟なども受け入れてきたユニークな歴史を持っている。
それが学校群制度など時代の波に追いやられて、2001年、34期生で閉校。
その少し前、三宅島噴火があり、三宅高校、三宅村立三宅小・中学校の臨時分校が併設されたこともあったらしい。

あきる野には和太鼓の奏者が多く、つい先日もイベントで「三宅」という曲を聞いたのだけれど、だからか、と腑に落ちた。
三宅島に島流しにされた侍が、刀を撥に代えて叩いたというその曲は、深く腰を落とす姿が居合いのように勇ましかった。

2007年、措置が解消された2年後に校舎が解体されて、今は空き地となっている。
82本のメタセコイアの巨木を残して。

メタセコイアは“生きた化石”と呼ばれる。
数千万年前に絶滅したと思われていた木だ。
それが1945年、中国四川省で現生種が発見された。
その種から育てられた、日本で一番古いメタセコイアの並木道。
それが旧秋川高校の、82本が並ぶ300メートルだ。

秋川高校跡地の土地の使い道も、あきる野市長選挙の争点の一つだった。落選した沢井氏は企業誘致をすると言っていた。
村木市長は老人ホームにすると言う。
昔の高校が、子ども時代を懐かしむ場所になるのは素敵なことだと思う。もくもくと煙を噴き上げる工場が入るよりずっといい。
叶うのならば、私もたまにこのホームを訪ねて、町の歴史を聞いてみたい。

……もっとも個人的には、空き地のままイベントに活用するのでも十分に楽しそうだとも思ったのだけど。そうは言っても維持管理が大変だということも、大家なんて仕事をやっていると想像がついてしまう。

なんにもない原っぱなのに、無くなると思うと寂しい。
今日、声をかけてくれたお爺さんも、そんな感傷に浸っていたのだろうか。

7月にたくさん見かけたテントウムシはどこへ行くのだろう。
林業展が開催されることはもう無いのだろうか。チェーンソーをブイブイ言わせて彫刻を作るドイツ人アーティストが来日したり、重機が大量に木材を持ち上げたり、オフロードバイクが丸太を走る展示会なんて初めてだった。楽しかった。
老人ホームになるとして、敷地は16万5000平方メートルもあるのだし、縁日でも開催してくれたら嬉しいのだけれど。
そんな日には大喜びで遊びに行く。

この土地がどう変わっていくのか、想像すると少し不安だ。
でも楽しみにしていたい。
自分も、少しでも、明るい未来に寄与したい。

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