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大阪市廃止否決を受けて

こんにちは、紅龍堂書店(くりゅうどうしょてん)の久利生杏奈(くりゅうあんな)です。

14:00になると、子どもたちの登下校を見守るようにという町内放送と、振込詐欺への注意勧告が同時に流れる。
そんな田舎から世界を知ろうとすると、インターネットに頼るか、本を読むかくらいしか方法がないのですけど、前者は知識が断片的になりがちで、後者は版が古いと情報そのものが間違っているという懸念もあって、それぞれの利点を上手く活用して、自分なりに記憶の引き出しを整理していくしかないのですよね。

お元気ですか。

トルコで大地震があり、オーストリアでテロがあり、シリアの内戦は続いていて、大阪市廃止の住民投票を終えて、その余韻に浸る暇もなくアメリカの大統領選が始まって、あなたは、お元気ですか。
立ち続けることが、しんどくなったりしていませんか。
私は……大統領選、英語圏に住まわれている方や、通訳の方、翻訳家界隈のTLを中心に追っていたのですけど、その中で痛感したのは、たとえ複数言語を喋れたからと言って、視野が広がるとは限らないということ。「自分は人よりも広い世界を知っている」という傲りが、話者を醜く貶めることもあるということ。
家に本があり、文字を読める子どもは恵まれています。

ずっと考えていたことがありました。
大阪市廃止の住民投票で、真っ二つに割れた結果を受けて。
それ自体は予想されていたことなのですが、驚くほど様々な――ネガティブな――感情がよぎって、ここに書くまでに数日かかりました。数日かかっても、書かなければという焦燥に駆られて筆を執っています。きっと読んで気分を害する人もいると思います。ごめんなさい。
「勝利」して俄かに活気づいた人たちの声を見るのが、私は苦しかったです。
良いことのはずなのに。
グローバル資本の傀儡と化して、もうずっと昔から機能していない内閣も、都知事選も、文字通り喚き散らして世界を混沌に陥れ続けているトランプ氏も、全て民主主義の「敗北」の一側面に他ならず、そんな中でやっと手に入れた希望を、手放しで喜ばない自分はどうかしている。ためらう余地があるのは恵まれている証拠で、こんな事を悠長に書いていられるのも、当事者ではない田舎者だからだと、何度も、何度も言い聞かせました。
でも、だめで。
呪いのように刺さった言葉を、ここに置いていきます。

「賛成派に恨みはないが吉村はざまあ」

ごめんなさい。
私は共感できません。
一人や二人の言葉ならばスルーしたと思うのですが、三人、四人、そして瞬く間に増えていった論調に危惧を覚えています。
これって本当に、賛成派と手を取りたい人から出る言葉なのでしょうか。
私も吉村知事や松井市長へは疑義が尽きません。維新という政党へもこれまで以上に追及が必要だと痛感しています。でも、それは、勝った側が負けた相手に手を「差し伸べる」というような態度で成し得る事なのでしょうか。
わかります。言いたくなる気持ちは。
指に血が滲むほど努力をした人が、ペンを持ったことすらない人に苛立つ感情も、Twitterの利点の一つが、衝動的な感情を書き散らす即興性にある事も理解しています。
その上で、それでも、「勝った」と思った瞬間こそ、人は自省しなければならないと私は思います。
私は無知です。
自分の人間性を信じてもいません(信じていたら本なんて読みません)
俯瞰的に、ある種「神」のように、似たような分断が起こっていた歴史を参照するしかない事実に疲弊もしています。それでも現状、私が、私という個体以上に信頼を置けるものが歴史しかない以上、書かせてください。

「イスラム教徒に恨みはないがアラーはざまあ」
「クリスチャンを否定はしないがキリストは燃やせ」
「共和党支持者もアメリカ国民だがトランプはゴミだ」
「賛成派に恨みはないが吉村はざまあ」

見ていて辛かったです。
もちろん前者は宗教で後者は政治、信仰は自由だけれど政治は権力への批判が必要という点で同じではありません。
それでも、「俺に偏見はない」と強調することで、より偏見を露呈してしまっている無自覚は酷似しています。そのことへの、違和感が苦しかったです。
きっと私の性格が悪いのだろうと、こんな事を書くのも気が滅入りますし吐き気がしますが、私は、「トランプ氏(吉村氏や松井氏)のような人が支持されるなんて、信じられない」とは、全く思えないのです。
この四年、起こるべくして起こった結果だと打ちのめされ続けてきたからです。
告白すると、他ならぬ私自身、2017年の大統領選はトランプ氏に「もしかしたら」と期待を寄せていた一人です。シェール革命の時期に、ピーター・ティールをテクノロジー政策顧問に抜擢し、ユダヤ系のジャレッド・クシュナー氏を傍に置き、誰もに「分かりやすい」言葉を選ぶ、もしかすると何かしらのビジョンを持ってやっている事なのかと、私も、思っていたからです。
結果はこの四年が全てなのですけれど。

自分が「正しい」と信じた人たちが、そうでない人たちを馬鹿にし、「おまえらが愚かだからこうなった」と蔑み続ける姿を見るのは辛かったです。批判にさらされ自信を失くし、肩を落とした群衆が、扇動に「救われて」いく姿を見るのも苦しかったです。
ある人は自信の問題だと言っていました。
「偉そうな女にうんざりしている男が多すぎるから、トランプが勝つんだ」
もちろん「偉そうな女」は既得権益へのカウンターにすぎませんし、男女差別に関しては下駄を履かされ続けた側の欺瞞も感じます(私自身、人生で嫌な思いを何度もしてきています)が、それでも、ポジションを失った人が、自分の窮状以上に周りへ気を配るのが容易でないことも、理解はできます。

COVID-19で、誰もが感じているのではないですか。

切羽詰まった状況で、さらに「敗北した」(少なくとも当人がそう認識している)相手へかける言葉として、
「イスラム教徒に恨みはないがアラーはざまあ」
「クリスチャンを否定はしないがキリストは燃やせ」
「共和党支持者もアメリカ国民だがトランプはゴミだ」
「賛成派に恨みはないが吉村はざまあ」
迂闊が過ぎるのではないかと、私は思います。
なぜなら文章の構造の時点ですでに、本音が透けているからです。
枕詞になっているからです。一番言いたい事は、アラーはざまあでありキリストは燃やせでありトランプはゴミであり吉村ざまあなのに、反感を買わないための石除けとして、信者(支持者)を使っているからです。
これって、かえって不誠実ですよね。
信者からしてみれば、自分の「神」を言い腐されている状況でしかありませんし、でも話者は手を「差し伸べている」(ある種の善意に則って、「過ち」から救い出そうとしている)状況ですから、責め立てることもできません。
これでは余計に反感を募らせるだけです。

誤解しないで欲しいのは、何かに「許せない」という感情を抱くことは自由だと言うことです。
他人はコントロールできるものではありません。

ノーサイドという言葉の真髄が、昨日の敵は今日の友という精神にかかるのであれば、「私はアラーを信じていないし、今はあなたのことも解らない。それでも、妥協できる着地点を探して行きたい」が実際ではないでしょうか。
かけるべき言葉はむしろ、「あなたの話を聞かせてください」ではないでしょうか。
でも私の知っている限り、勝者はいつもその言葉を選びません。なぜなら「勝って」いるからです。文字通り勝敗が決して、結論が出て、心のどこかでは、敗者の意見なんて聞く必要がないと思っているからです。
だから戦争が起きる。

忘れないでいたいのは、どんなに勉強しても、本を読んでも、賛同者を得たとしても、得なかったとしても、語るのは自分の口で、自分の主語は自分で引き受けるしかないということです。
勝った人、民意を得た人、公正な人へは、一般的に批判を「しづらい」構図がありますから、指摘する人も減っていきます。せめて自分だけは、自分を処し続けなければならないと「私は」思います。
「本当にこれで良かったのか」と。
都構想を例に挙げれば、これまでの政策や公約はもちろん、本を読み、有権者の賛否を読み、議事録を読み、スポンサーを調べ、カジノの入札者を調べ、大阪市廃止が通ってしまえば全国の自治体が危ぶまれると「私は」判断し、自分なりに信念を持って注意勧告もしてきましたが、一方で、「そうならないで欲しい」と願う感情もあったことを付記しておきます。
全てが杞憂で、吉村氏がただの熱血漢ならば、それに越したことはなかったと。
予想が当たったからと、「ほら見たことか危なかったんだぞ、言わんこっちゃない」と、鬼の首を取ったように「敗けて」打ちひしがれている人たちに言葉の暴力を振るわないように。
憎しみを醸成しないように。
「敗けた」人って、一番言い負かしやすいですから。
自分の弁術が長けているでもなしに、ただただ、構図に便乗して、強くなったかのように錯覚しますから。

……反対に「勝者」に対してこういうことを書くと、「あいつは生意気だ」と嫌われることが多いのですが(そして私は友達が少ないのですが)、今日もまた、大切な人を失ってしまうのかなと怖くて少し泣いたのですが、それでも、書いておきます。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
高潔ぶってごめんなさい。
あなたと、あなたの大切な人の心が、いつも穏やかでありますように。できれば、あなたと違う誰かも、どこかで幸せでありますように。
きっとまた、遊びにいらしてくださいね。


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