WORLD

世界観を
大切に。

「音や光、匂いに至るまで、一つもとりこぼさず再現してみせましょう」

「非現実」?

古いアプリコットの樹の下で、景康は夕焼けに目を細めて言いました。
「本は読み終えたら終わってしまう。僕はそれが悲しかった。表紙を閉じた瞬間に、大好きな仲間たちは架空の登場人物へと戻る。どんなに頑張っても、自分は紙の向こうへは行けない。仲間に入れない。そう思うと寂しくて仕方なかった。だから、探しに出たんだ。バスチアンを迎え入れたエンデの『果てしない物語』のように、僕を迎え入れてくれる実在する御伽噺の世界をね。馬鹿げていると思うかい? 成果はそれなりにあったのだけどね」

大人の童話

「僕はね、今もどこかに不思議の世界があると信じていて、だのにその扉がいつまでも自分の前にだけは現れてくれないと泣いているような、不器用な人に物語を届けたい。そういう人はね、元来とても真面目なんだよ。真面目すぎて、本当は誰よりも御伽噺の世界を信じたいのに、『こんなものは嘘だ』と自分に言い聞かせてしまう。表紙を閉じれば小説は終わるし、TVのスイッチを切れば黒い液晶に映るのは自分の顔。そうやって、日々の生活に童心を置き去りにして来た誰かにこそ、僕は終わらない物語を届けたい」

ようこそ、紅龍堂書店へ

世界観を大切に

紅龍堂書店は、翻訳する「本」を決めるにあたって、三つのこだわりを持っています。その一つが世界観。濃密であるだけでなく、入口が身近で、本当に存在するかのように思えることが肝心です。
「不思議の世界はいつだって、すぐ隣になければ、僕は満足できない」
景康が求める物語の導入は、あくまでもさりげなく。仰々しい扉は必要ありません。気づけばいつのまにか路地裏へ迷い込んでしまった。帰り道が分からなくて、さまよううちに電柱の影に吸い込まれてしまった。そんな世界観が理想です。現実と虚構との境界が溶け合い、段々と見えなくなってしまうような引力を、私たちは追求しています。

一字一句、取りこぼさずに

世界観のバランスを壊さずに、翻訳するのは至難の業です。技術や心構えの問題だけではありません。中東やエジプトの古文書には写本しようとした瞬間にページが燃えるものもありますし、現代化を遂げたヨーロッパ圏の物語でも、魔女の描写を原書で読むことはリスクが伴います。そうした緊張感と隣り合わせで一つ一つ丁寧に言葉を拾い上げて、やっと一冊の本にまとめることができます。
完成した後も、棚に置けるかどうかは別問題。本によっては人を選びますから、お渡しできないこともございます。
紅龍堂書店は、本が読む人の手に渡るタイミング、方法、あるいは「表紙を開かずに忘却する」という選択も含めて、物語を構成する世界観だと考えます。