『王の庭師』

二〇二〇年冬
アーレンベルクより
愛をこめて

「戦争で焼けたリヒトホルンに、もう一度、蛍を呼びたいのです」

刊行に寄せて

子どもの頃、クリスマスが苦手でした。街中が幸せそうだったから。
「クリスマスで何が一番想い出に残ってる?」
「動脈瘤破裂で植物状態になった母と二人きり、深夜病棟で過ごしたことかな」
私ならばそう答えるか、笑って首を傾げます。
この物語は、クリスマスなんて大っ嫌いだという人に読んで欲しくて書きました。
孤独をこじらせて世界を憎みそうになっている誰か――それは昔の私でもあるのですが――の、救い、なんて大袈裟なものではなく、今日、この夜をやり過ごし、明日の朝を迎えるまでのささやかな繋ぎになれば幸いです。

ナディア・アーレンベルク

ようこそ、アーレンベルクへ

物語の舞台は、アーレンベルク公国。
「動物、植物、その他一切の生体において、尊厳を尊重して扱わなければならない」と憲法で明記されているこの国は、戦後50年、「血の輸出」と呼ばれる兵力派遣から一転し、森林経営で国家財政を賄えるようにしました。
そんなアーレンベルクの若き王と、森林職人見習いの留学生の出逢いから、物語は始まります。
アーレンベルクの森林職人(ルーヴェン)は、登録証を持つ300人のオーナーと協力し、森を作るスペシャリスト。
「私有森林(ルーフ)は原生林と異なり、必ず人の手が入っている。貴重なランの花を増やして補助金を得ているルーフもあれば、ワイン醸造を生業としているルーフもある。ルーフは美しく生態系が豊かなだけでなく、必ず、事業として採算が取れなければならない。もしも森の実りだけで所有者の懐を潤すことができなければ、そのルーフの森林職人は無能と呼ばれる」(作中より)
主人公・辰樹(たつき)の研修先は、伝統的にアーレンベルク王室の接待狩猟に使われてきた森です。さて……

ヴィッセン語版、待望の邦訳

ヴィッセン語とは

アーレンベルクの公用語は四つあります。
高地アーレンベルク語、低地アーレンベルク語、キルブルク語、そしてヴィッセン語。
ヴィッセン語は、隣国ヴィッセン連合王国の主要言語です。
公国の最南端、ジャン・ブラッドマン氏の狩猟地の国境をさらに南へ進むと、ヴィッセン連合王国の広大な領土が見えてきます。ナディアは6歳でヴィッセンへ亡命して以降、ヴィッセン語を母語として育ってきましたから、アーレンベルク国内で出版されている『王の庭師』(原題:Der Gärtner des Königs.)は全て翻訳書です。
紅龍堂は、著者のプリミティブな感性を取りこぼさぬよう、有名なアーレンベルク語版ではなく、ヴィッセン語版を邦訳することにこだわりました。

木を大切に

「動物、植物、その他一切の生体において、尊厳を尊重して扱わなければならない」と憲法で明記されている国家のストーリーを、大量出版・大量廃棄の流れに乗せることは好ましくありません。
紅龍堂は、2019年に10代~20代の国内所有率が9割を超えたスマートフォン端末に焦点をあて、電子書籍を先行配信し、紙の本は受注制作をメインとすることに決めました。液晶モニターでこそ映えるグラフィカルな表紙や、WEBへの接続が可能であるからこそ生まれえたささやかな演出を、ぜひご堪能くださいませ。

発売日:2020年12月24日
Amazon Kindle Store 他