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「息子に銃の撃ち方を教えます」――スティーブン・エモット著『世界がもし100億人になったなら』

わたしの知るなかでもっとも理性的で、もっとも頭のいいとある科学者(わたしの研究所で働いている、この分野の若い研究者です)に質問してみたことがあります。わたしたちが今直面している状況に対して、何かひとつだけしなければならないとしたら、何をするか、と。彼の答えはこうでした。
「息子に銃の撃ち方を教えます」

スティーブン・エモット著, 満園真木訳『世界がもし100億人になったなら』マガジンハウス, 2013, pp.203-204

こんにちは、紅龍堂書店(くりゅうどうしょてん)の久利生杏奈(くりゅうあんな)です。
読後の感想の一言としては、気分が重くなりますね。しかし重くなって然るべきというか、著者の目的が切迫な行動喚起であることを思えば頷けます。
『世界がもし100憶人になったなら』。タイトルから諸処の社会問題を思い浮かべますが、率直に、気候変動の本です。それ「だけ」で人類は滅ぶよ、近いうちにね、という論説です。イギリスのケンブリッジに研究所を構える著者が統計を基に綴るのは、あくまでも淡々とした文章。例えば、こんな風に。

生物多様性に関する世界的権威機関である国際自然保護連合(IUSN)の推計によれば、2012年の時点で、全両生類の31パーセント、全哺乳類の21パーセント、そして全鳥類の13パーセントが絶滅の危機にさらされています。
通常予想される、自然の過程での種の減少よりも、最大1000倍も速いペースで、地球上の種が失われつつあることはほぼ確実です。
つまり、人間の活動がいまや、6500万年前に恐竜が絶滅したとき以来の大規模な生物の絶滅を引き起こそうとしていることがほぼ確実だということです。

スティーブン・エモット著, 満園真木訳『世界がもし100億人になったなら』マガジンハウス, 2013, pp.57-58

シベリアの凍土がとけて新たに見いだされた鉱物・農業・エネルギー資源により、ロシアは今世紀中に政治経済面で大国となるでしょう。しかし、これにともなって、現在はシベリアの永久凍土の下に閉じこめられているメタンの大量放出は避けられず、機構問題はさらに大幅に悪化するでしょう。

スティーブン・エモット著, 満園真木訳『世界がもし100億人になったなら』マガジンハウス, 2013, p.126

イギリスやアメリカやヨーロッパの大部分のような、より幸運な国は、軍国主義に近づいていくかもしれません。自分の国がもう人のすめる環境でなくなったり、水や食料が不足したり、乏しくなった天然資源をめぐって紛争が起きているために、自分の国を出てきたおおぜいの人々の入国を阻止しようと、重武装の兵士が国境を厳重に守るようになるかもしれません。≪中略≫ 最近、気候変動をテーマにした科学的な会議や会合で、新しい種類の出席者を必ずと言っていいほど見かけるのは、偶然ではありません。それは軍関係者です。

スティーブン・エモット著, 満園真木訳『世界がもし100億人になったなら』マガジンハウス, 2013, p.154

気候変動よりも、「気候変動により世界の勢力図が変わってロシアが強国に」「気候変動をテーマにした会議で軍関係者を多く見かける」と聞いたほうが恐怖心を煽られるところが絶妙に皮肉ですね。
問題はそれ以前です。
「環境問題」というと、この国では一部のエコヒステリー論者が語るものという誤認識を持っている人がいまだに少なくないですが、その情報格差が深刻さを物語っています。産業界やロビイストは「『新しい技術』が解決する」と口を揃えて言いますが、この詭弁が浸透し、誤解が拭えないまま止まっているのですね。詭弁とはっきり申しましたのは、『新しい技術』というのは二酸化炭素除去技術(ネガティブ・エミッション)のことだからです。二酸化炭素除去技術は、パリ協定や京都議定書の排出量削減モデルにおいても前提となっている、有名な技術です。なぜかメディアは書かないのですが、書店スタッフとしては不思議なので、ここで書いておきます。

二酸化炭素除去技術は、まだ開発されていません。

開発の目途すら立っていません。現在は存在しない技術です。『新しい技術』、言い得て妙です。 パリ協定も、京都議定書も、存在しない技術をベースに作られているということですね。科学者の方々が憤る理由はこの辺りにあるのでしょうか。 あらゆる問題は政治で繋がっているものですが、政治がいかに問題を矮小化するかということが如実に解る例です。いえ、他人事ではありません。
「目先さえ良ければいい」という政治的発想、人気取り的な発想は、私の中にも巣食っていました。
本の内容に戻ります。
アラブの春のことが、書かれていたのです。
私はこの本を読むまで、アラブの春は、「独裁政治に対する中東の民主運動」という認識を持っていました。イスラム世界の出来事だと。
違いました。
アフリカで反政府デモが起こったきっかけが、記されていたのです。それは2010年の熱波。ロシア政府が穀物輸出を禁止し、商品市場が大混乱に陥って食料価格が高騰したことが、直接的な暴動のトリガーとなった、と。念のため当時のニュースを確認しましたが事実でした() つまり、アラブの春は、先進国が環境資産を消費し続けたことによる人災。私たちのツケです。「中東は怖い地域だな、平和な国に生まれてよかったな」などと思ってる場合ではありません。そう思っていれば目先、楽ですが、事実は違います。事実は「私たちが搾取した結果、中東が荒れた」です。事実と違うことを信じていると、いつか反動が来ます。具体的に私が想像している未来も幾つかありますが、脱線するので割愛します。
本には、他にも恐ろしいことがたくさん書かれていました。
例えば、飛行機や船による輸送ネットワークがこれほどまでに拡充している現代、トリアゾールへの耐性を持つ菌類病原体が増えているという一行。曰く、「すべての主要な菌類病原体に対する化学薬品のうち、作物の菌類病の退治に有効な化学薬品はトリアゾールだけ」。交通手段に乏しかった95年前ですらスペイン風邪で全人類の3割が罹患、当時の世界人口20億人のうち1億人近くが死亡しているのに、21世紀はどうなるのでしょうね。疫学者の多くは、新たな疾患のパンデミックは起こるか起こらないかではなく、「いつ起こるか」の問題として捉えているそうです。

ちなみにこの本の一番恐ろしいところは、2012年に書かれているところです。
44分前に、中国の新型肺炎の罹患者が300人超えになったというニュースが飛び込んできました。私たちは、著者が「私はもうだめだと思います」と悲観的な一行を綴ったその時から、実に8年後を生きています。

続きが気になる方は、ぜひお手に取って読んでみてくださいね。
御伽噺のような、……御伽噺だったらどんなにか良かったろうと思える、ゾッと背筋が粟立つ現実が書かれています。これでもかと。
そしてその取材を、私は娯楽にしていきます。……あなたに、楽しんで頂けるように。
尚、この記事のリンクから本を購入して頂くと、売上げの数パーセントが紅龍堂書店の利益になります。本屋さんとしてはとっても助かります。

最後まで読んで頂いてありがとうございます。長い記事でしたのに、ご興味を持って頂いて嬉しいです。
きっとまた、遊びにいらしてくださいね。

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