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オリンピックの開催意義について思うこと

こんにちは、紅龍堂書店(くりゅうどうしょてん)の久利生杏奈(くりゅうあんな)です。

どうして中止にしないのでしょうね?
きっと利権なのでしょうけれどと思っていた矢先、日本国内だけでなくIOCのバッハ会長も次の選挙のことしか考えていないようで、残念です。
コロナウイルスが蔓延する前から、オリンピックの開催意義については疑問を感じていました。五輪招致の演説からして、福島を”under control”と言い放った厚顔無恥さには愕然としたものです。現実はいまだに”out of control”が正しいですから。生命の安全や人権を無視して、嘘をついてまでお祭りを開きたい……ということですよね、政府の方針として。
こんな状況下で国家の威信(?)にかけてオリンピックを断行しようとする姿勢は、一億特攻、一億玉砕のスローガンを掲げていた戦時下から何も進歩していないようで滑稽さすら感じます……偉い人々には申し訳ないのですが、ごめんなさい、ちょっと……見苦しいです。
また、そもそもオリンピックのシステム自体が、まったくフェアではないのですよね。
例えば、流行語にもなった「お・も・て・な・し」ですが、イスラム文化圏ではどんな客人であれ無償でもてなすのが礼儀です。「おもてなし」と称してお金を落とさせるメンタリティは嫌われます。
ヒンズー文化圏でも、オリンピックの放送なんて誰一人見向きもしません。オリンピックは”developed country’s fun park”と揶揄されます。意味は「先進国のお祭り」。
選手の育成や設備にも当然ながらお金が必要ですから、参加以前の段階で平等からはかけ離れているわけですよね。正直、個々人の身体能力や地理的なポテンシャルでいえば、ヒマラヤなどの高山域や、赤道付近、アフリカ諸国の子どもたちのほうが遥かに高いでしょうに。そうした子たちは育成すらされていないわけです。
これって、出来レースと何が違うのでしょう?
五輪は五大陸を表すというのならば、資本力のある裕福な国家の選手が、最貧国まで出向けばいいと思うのですが、そうしたことにはなりませんし。所詮はロビー活動の延長なのですよね。
「五輪の精神」と耳にするたびに、私自身はなんとも言えない不自然さを感じてしまいます。

あなたは、どう思いますか?

最後まで読んで頂いてありがとうございます。とっても嬉しいです。
きっとまた、遊びにいらしてくださいね。

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