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「泣け」と言われたから、君は泣くのか。

こんにちは、紅龍堂書店(くりゅうどうしょてん)の久利生杏奈(くりゅうあんな)です。

弔意は自分の心で示します。
いつ、どこで、相手が誰であっても。
「お悔やみ」を要請される社会なんておかしいと、私は思います。あなたはどうですか。
中曽根さん。
あなたは、どう思って今の社会を見ていますか。
静かに哀悼を捧げたい方もいらっしゃったと思います。ご遺族もそうだろうと思います。政治家本人はともかく、その家族に責められる謂れはありません――ないと信じたいです。
私は想像することしかできません。自分ならばどうしたか。考えれば考えるほど、思い浮かぶのは「故人への冒涜ですからやめてください」と固辞する場面です。聞き入れて貰えなかったのでしょうか。苦しいです。
今回の件で何が嫌だったのか。何がこんなにも納得がいかないのか。
会ったこともないあなたが亡くなり、その「死」を利用する人たちがいて、それに怒る群衆がいて、いつのまにか、あなたがこの世にいないという事実は、ひどく矮小化されてしまいました。
傍らで私は、海の向こうで亡くなったギンズバーグ氏の言葉を思い返していました。
「母の教えどおり、怒りを鎮めます。怒れば自滅するわ」
「彼らに訴えたかったのは、自分の娘や孫娘が、どんな世界で暮らしてほしいか」
何度も、何度も心の中で唱えるうちに、ああそうか、私も怒っているのだと気づきました。
以下は備忘録です。そして独り言です。
たぶん私は、悲しみさえ奪い取りに来る政治が嫌なのだと思います。
弔意を要請するという行為は、それ自体が要請「する側」と「従う側」とに分ける権力勾配である上に、従わない抵抗勢力まで炙り出します。内閣の目論見はこの際どうでもいいですが(軽蔑しかありませんし)、それ以上に悪質なのは、最初から哀悼したかった方の自由意思までも、要請に「応じた」かのように見せてしまうことです。
ただ静かに弔いたかった人の悲しみをこそ、簒奪したことです。
これは侮辱です。
中曽根さん。
あなたが今を生きていたら、彼彼女らになんと声をかけたいですか。
この社会を変えたいですか。
私自身は、あなたの政策にはいくつも疑問を持っています。それをこの場で追及することを卑怯とも思いません。あなたが亡くなったことを、一つの時代の終わりの象徴として、安心された方たちだっていると思うからです。
元慰安婦の方々。
原発事故被害者の方々。
単に政治的思想が合わなかった方々は――もしかすると、喝采さえしたかもわかりませんが、そういうふうにはなりたくないですね。
疫病の時代に、一億の税金で、葬式を上げて欲しかったですか。
国立大学、果ては小中学校の子どもたちにまで、弔意を表明して欲しかったですか。
号令をかけられて、「泣け」と言われたから泣く。
そんな国民を望んでいましたか。
今日、結果的に、56校の大学が、内閣府の要請に従いました。
抵抗権を骨抜きにし、批判を「卑しい」と蔑む国が行きつく先は、権力による懐柔です。
覚えのある大人は、いつか取り返しのつかない日が来ても、間違っても「仕方なかった」とは言わないで欲しいです。選択肢はいつだってあります。すでに取り返しのつかないと思えてならない、こんな日々の中にも、絶対にあります。
最後まで読んで頂いてありがとうございます。
どうか明日も、あなたの感情は、あなただけのものでありますように。
分かち合いたいと思ったときに初めて、誰かと分かつ自由がありますように。
きっとまた、遊びにいらしてくださいね。


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